< 今日のこころ >













2009年4月分
2009/ 4/23
皆さん、毎日、特に意識せずに生活されていると思いますが
私は自分も含めて、いろんな人の“手”が気になります。
例えば、朝、体調が悪い時は爪を見ます。
同じように、家族が疲れた顔をしていると
手を握り、手のひらや甲、爪の色などを見ます。
医者ではないので、見たから何かが分かる訳ではありませんが。

他にも買い物中、レジの方の手を見ます。
“この人、いいなぁ”と思う店員さんは
商品を片手であっても大切に、持ちます。
そして、カゴに置くときもさりげなく注意を払っているのがわかります。
逆に、爪をきれいに飾り立てていても、長く伸ばしていて
その爪が割れたりしないように、そちらに気が行きすぎ
商品を雑に扱っていると、その店には二度と
行かないでおこうと思ったりします。

以前の職場で、道案内や店案内をするときは
指を揃えて、なおかつ親指は内側に折って
進行方向を指し示すように教えられました。
その時のくせなのか、どんな時もついつい手元を見てしまいます。

そしてもう一つの“手”ですが
子供のころ、おなかや頭が痛くなったとき
母や祖父母が、その痛い所に手を当てて
ずっとさすってくれていました。
薬を飲むこともありましたが
その“さする”(大阪弁でしょうか?)ことに安心するのか
痛みが不思議と引いてくるのですよね。
つい数年前でしたか、ある人と話をしていて
その行為を昔から「手当(てあて)」と言ったのだと
教えてもらいました。

人の手には不思議な安心感を与える効果があるとか。
そして“ぬくもり”も同じように安心感を与えるものの
一つなんだそうです。
ある外国の研究で、温かいコーヒーを持った人と
冷たいコーヒーを持った人に対してどちらが
好印象を持つかの実験をしたそうです。
結果は温かいコーヒーを持つ人の方に
好印象を持つ人が多かったそうです。

「心が温かくなる」という表現を使ったりします。
実際に心臓の温度が上がる訳ではありませんが
イメージというか印象というか
そういうものが関係してくるのでしょうか。

何か商談をまとめたいときや
相手を説得したいとき。
そんな時は、温かい飲み物を手に持っていると
案外スムーズに話が進むかもしれない…とは
本当のことなのでしょうか?


2009/ 4/18
春です。我が社にも新人さんがやってきました。
新しい風が吹いてくれそうです。

さて、この植樹支援サイトにも
たくさんの方が、見にきてくださっているようで
とてもありがたいことだと、日々感謝しております。
それと同時に、多くの方のご支援をいただき
ジョグジャでも、多くの緑が増えていることを
大変喜ばしく、またありがたく思っております。
「一人の力では、本当に小さな事でも
それがたくさん集まれば、いつか大きな力になる」ことを
実感しております。

さて、サイトTOPページでもお知らせしておりますが
多くの方に、植樹支援のお申込をいただいております。
お申込いただくと、専用ページにて
植樹した木々の成長や、現地での状況も
ご確認いただけるようになっておりますが
その専用ページへの、ログインIDなどを
ご登録いただいた方にはお知らせしております。

現在、そのご登録内容がお名前だけですと
ログインIDなどをご連絡できません。
植樹ご支援いただけることは、大変ありがたいことですので
せっかくお申込いただきましたので
色々な成長画像もご覧いただきたいと思っております。
お心あたりのある方は、お問い合わせください。

さて、現地の状況ですが
そろそろ乾期に入り始めているようです。
今年に入り、改めて植樹地の整備や
担当スタッフの指導など、本格的に乾期に入る前に
準備に入っております。
日本と現地とのやりとりは、通常は電話などですが
財団代表が、定期的に現地に直接戻り、
現地スタッフに細かな指示を行っております。
ただその準備などのため、画像などの
更新が遅れております。
楽しみにして頂いている方、大変申し訳ございませんが
いましばらくお待ちくださいますようお願いいたします。


2009/ 4/14
先日、生の大きなタケノコが売っていたので
買って、炊きました。
春を迎えるころに、季節を感じるにはもってこいの食べ物ですよね。
それを買う時に、“ぬか”も売っていたんです。
小袋に入って¥30でした。
鍋にタケノコと、ぬかを入れると、鷹の爪も入っていたことが分かりました
。 とても便利だと感心したのですが
それを母に話すと「ぬかは無料じゃないの?!」と驚いていました。
そう言われれば、ぬかなんて“買った”ことがないことに気づきました。

私が育った地元は、大きな市場が近くにあり
お魚屋さん、八百屋さん、お米屋さん
金物屋さん、乾物屋さん、肉屋さん
漬け物屋さんなどが、それぞれ市場内にもあるし
その市場の周囲にもまた、各お店が密集していました。
「お魚なら、あの店」「季節の野菜はあの店」
「鶏肉はこっちの専門店で。牛肉はこっち、でもコロッケはここ」
「鯨肉は、午前中のこのお店」など
商品によって、種類によって、買う店が違っていました。

時折、よく行く店が休みで、違う店で買うと
家族が「味が違う」と文句を言ったり。
そしてどの店も、朝早くから開店し夕方には閉店していました。
新鮮なお魚が入ると「今日は、アジの新鮮なのが入っているから
おろしておくから、10時頃取りにくる?」なんて
電話をくれるお店もあり、
キャベツや大根、かぼちゃなどかさばって重いものばかり
買うと、「配達ついでに、家に届けとくよ」と
言ってくれるなじみの八百屋さんもありました。
もちろん、どちらも無料です。
タケノコを買ったら、当然、ぬかも付けてくれていました。
それが無いときは、近所の米屋さんに
「タケノコ炊くから、ぬかちょうだい」ともらいに行くのは日常のことでした。

便利な世の中にはなりましたが
些細なことではあるのですが
昔あったような“人と人とのつながり”や“配慮”“心配り”が
希薄になってきたような一抹の寂しさを、感じました。

“となりは何をする人ぞ”は、隣人の事が気になるというような意味ですが
“となりは何をする人ぞ?”とハテナマークがつくようには
ならないように心懸けたいと思います。


2009/ 4/ 4
4月になりました。
昔のドキュメンタリーや
親や親戚の話で、“防空ずきん”を使ったと
昔話で出ることがあります。

私自体は、使ったこともありませんが
広島の原爆資料館かどこかで
見たことはあります。

最近、小学校などで“防空ずきん”ではなく
“防災ずきん”を入学時などに準備するようです。

地域によってなのかもしれませんが
インターネットで検索すると
結構、販売されているようです。
しかも「かぶっても、音がよく聞こえる」とかで
耳がちょうど当たる辺りに、小窓のようなものがついていたり。
ずきんの布も“燃えない”繊維だったり
“目立つ”色だったり。
最近の地球環境の異変のせいなのでしょうか。
「転ばぬ先の杖」ということで
その防災ずきんは、教室移動時にも携帯しているようです。

安心して授業を受けていられる状況に
少しでも早くしていかなければいけませんね。